1・陸軍登戸研究所

   @明治大学三田キャンパス内 A小田急線「生田駅」から徒歩15分 B水曜から  土曜 迄開館  C風船爆弾・偽札・暗殺用毒物・電波兵器等展示・説明

 

  1950年に登戸研究所跡地の一部を明治大学が購入し、明治大学生田キャンパスが開設。そのご、資料館も設立された。防諜(スパイ活動防止)・諜報(スパイ活動)・謀略(破壊・かく乱活動・暗殺)・宣伝(人心の誘導)のための様々な秘密戦兵器が開発された。

  風船爆弾

     和紙をこんにゃく糊で貼り合わせて作成、水素ガスを入れアメリカに飛ばした。9300  飛ばしたという。千葉県一宮、茨城県大津、福島県勿来に放球基地。実際には放球されなかったものの、牛疫ウィルスを搭載して攻撃するという計画もあった。

  毒物兵器

     暗殺などの目的で開発。飲食物に混入しても疑いをもたれない、新しいタイプの毒  物の開発。中国で人体実験も・・。

  偽札

      偽札を作り中国で大量に使用。通貨戦争を勝ち抜こうとするが・・。陸軍中野学校  の出身者が運搬に従事。隠密行動のため、日本軍の憲兵に尋問されることも。

 

  *帝銀事件にも関係があるとか・・。エイズ問題を起こしたミドリ十字社長は、731部隊長?!。戦後、731部隊、登戸研究所は戦犯にならず。登戸研究所のメンバーは、米軍に引き抜かれ、朝鮮戦争での偽札作りやベトナム戦争での枯れ葉剤使用等に関わっていく。登戸研究所の記憶は、法政第2高生や川崎市民達によって明かされていく。全ては、秘密の中だったのが、次第に明らかになっていった。元所員達も少しずつ口を開いて証言を始める。秘密保護法ができたら、また、秘密にされるものが沢山出てくるだろう。偽造紙幣は、何日もかけて償却隠滅されたという。事実は重い。だのに、歴史はゆがめられようとしている。是非見て欲しい、資料館である・。軍隊は、女性を守らない。いや、女性だけで無く、国民も守らない。軍隊に入っている人は、戦争をしたいのか!!!ノン!!であろう。自分の夢、子ども、愛するもの、家族・・・その人達を思って戦争に行く。しかし、実際には、時間、人生、命・・。みんな、失ってしまう。戦争は、何のためにもならない。戦争しないことが一番なのである。戦争して得るものは無い。得るものがあるとしたら、それは、権力者にだけ、財閥にだけである。それを、太平洋戦争で嫌と言うほど、身にしみたはずであるのに・・。731部隊とともに忘れてはいけない事実である。

 

2.原爆の図 丸木美術館

    @埼玉県東松山市 A清藤宅から車で40分 B月曜休館日 C「原爆の図」「水俣の図」「南京大虐殺の図」「アウシュビッツの図」「水俣・原発・三里塚」常設

 

 1967年丸木美術館開館。丸木夫妻30年間かけて全15部の「原爆の図」を完成させる。丸木 位里(1901〜1995)丸木 俊(1912〜2000)。

何しろ、圧倒される。スケールの大きさに、人物の迫力に、事実の重さに・・。よく描いたなあ。よく描き続けたなあ。原爆から、水俣、南京大虐殺、アウシュビッツ・・・。

  戦争は、子どもを殺す。女性を殺す。人生を奪う。戦争したい人に付いて行っちゃダメだ。

 菅原文太・・50才過ぎから、身寄りの無い在日韓国・朝鮮人の為の老人ホーム建設の資金集めに奔走していたという。11月の沖縄県知事選では翁長氏の応援に駆けつけていたという。井上ひさしの「吉里吉里人」を映画にしたいと言ってたのになあ。合掌・・。

  戦争を考える、人間を考えるにもってこいの美術館である。都幾川のそばで、農村の景色である。アトリエ兼書斎に使用していた「小高文庫」もある。丸木夫妻の遺骨を納めた「宋銭堂」や関東大震災時の朝鮮人虐殺を悼む「痛恨の碑」もある。運営は、友の会とボランティアで行われている。丸木夫妻と生前会いたかったなあ。いっぱい、話を聞きたかったなあ。

 

 三鷹の森ジブリ美術館

     @東京都三鷹市  A三鷹駅南口から徒歩15分、10分間隔で、バスも出ている。 B火曜休館日   Cなんたって、ジブリがいっぱい!実物大よりは小さいが、猫バスがある。トトロの受付もある。手こぎポンプと薪割り。屋上には「ラピュタ」に出てくる巨大ロボット兵が!!!

 

 いつ行っても、混みすぎ。平日も同じ・・。券もローソンで申し込むのだが、なかなか取れない。しかも、時間指定である。私は、発売日にすぐ、ローソンで申し込んで、やっと水曜2時からのチケットを手に入れた。インターネットでは、2千円とか、三千円とか、プレミアが付いている。プラチナチケットである。  わくわくして出かけたが、超混み。思っていたより、小さい建物。人が溢れている。歩くのもやっと。土産品コーナーは、さらに混んでいて、見ることもままならず、レジの超込みには買う意欲も失せてしまった。孫達に買って帰るのを楽しみにしていたのだが・・。

 でも、ジブリは大好き。自分の子どもも、何十回とビデオを見たことか。もう、台詞も全部暗記しているぐらい。担任しているクラスでは、1年間に何回かジブリ作品を一緒に見る。子ども達は、ジブリ大好き。おまけに、宮崎監督は、所沢に住んでいて、お子さんが所沢市内の小学校に通っていた。トトロに出てくる風景や、地名は所沢のものが沢山ある。七国山(八国山)、松郷(松郷)・・。 所沢は、トトロの故郷である。で、宮崎監督や市民、沢山のジブリファンからの寄付で、「トトロの森」が所沢に作られている。私も、「総合」の学習で学年の子ども達を連れて行ったりした。マンションや住宅などになる寸前の森を、基金で買い取り、トトロの森として保存・活用している。トトロのふるさと財団「トトロの森から」という便りも出している。 今でも、森を広げている。

「となりのトトロ」「風の谷のナウシカ」「天空の城 ラピュタ」「借りぐらしのアリエッティ」「崖の上のポニョ」「千と千尋の神隠し」「耳をすませば」「もののけ姫」・・・・。うーん、どれも珠玉の作品である。何度見ても、感動で一杯になる。誰かとみたくなる。今は、孫と一緒によく見ている。

 ちなみに、「借りぐらしのアリエッティ」の舞台のモデルは、青森県尾上町清藤家の『盛美園』である。庭園と和洋館がモデルになっている。宮崎駿は盛美園を訪ねて、気に入り、沢山のスケッチも残している。盛美園を訪ねると、どこからか、アリエッティが出てきそうである。清藤家と言っても、私のうちとは、直接親戚ではない。ただ、盛美園の引退している前当主は、私の高校の地理の先生である。「清藤家のおがしっこ」という土産も売っている。

 

4.女たちの戦争と平和資料館 WAM

  @新宿区西早稲田  A地下鉄東西線 早稲田駅出口2から徒歩5分 B水〜日:13:00〜18:00 C戦時性暴力の被害と加害を記録し、学び、語り合い、行動を起こしていく記憶と活動の拠点です。常設展、資料閲覧コーナー、特別展、「女性国際戦犯法廷のすべて」展、パネルの貸し出し、友の会作り。

 駅から降りて、歩くと5分となっているが、私は道がわからずうろうろ。交番で聞いてやっとわかった。聞くのにちょっとためらいもあったが、心配いらなかった。早稲田奉仕園という中にある。これがわからず、何度も行ったり来たりしたのだ。アパート群?教会?!その中のビルの一つが、AVACOビルである。そこの二階にある。事務所のようなところである。都会の真ん中にある、民衆の資料館だからスペースも公共のものみたいには行かないのだろう。しかし、展示は充実しており、資料・本等も販売している。図書館みたいな面もある。読書スペースもある。出版している本は内容も充実している。よく調べ上げている。私も会員になっていて、WAMだより」が送られてくる。映画で、こういう資料等のことを元にした作品が作れないかなあ。戦争の本当の姿をきちんと見つめないといかんなあ。忘れたり、矮小化したり、無いことにしたり・・。忘れた頃に、また、戦争がやってくる。世界の紛争のあれこれに、今こそ日本が必要だと思う。平和が大事だ。戦争は、何もうまない。人間を破壊するだけだと。手をつなごう、言葉を交わそう。仲良くなろう。心で握手しよう。戦争したいもの達に惑わされるな。どんだけ子ども達がつらい思いをしているか!!


 ジョンレノンミュージアム

    @さいたま市中央区新都心 AJR新都心駅または北与野駅、さいたまスーパーアリーナ内 B2000年開業、2010年閉館(残念・・・)    Cビートルズ、ジョンレノン、オノヨウコ・・。オフィシャルショップも充実。

 

 なんといっても、埼玉サッカースタジアム。その一角にある。四階と五階が展示スペース。ビートルズ時代の縁の品の数々。ギター、衣装、眼鏡・・。イマジンの曲が胸にしみる。オノヨーコとの出会いが、ジョンを大きく成長させたんだなあ。イマジンの歌詞は、日本国憲法に比してもいいぐらいである。ミュージアムが閉館したのは、とても残念である。閉館前に見学できたことは、幸せであったなあ。

     忌野清志郎 サマータイム・ブルースの歌詞

   暑い夏がそこまで来ている

   みんなが海へ繰り出していく

   人気のない所で泳いでいたら

   原子力発電所が建っていた

   さっぱりわかんねえ、何のため?

   狭い日本のサマータイム・ブルース

 

   熱い炎が先っちょまで出てる

   東海地震もそこまで来ている

   だけどもまだまだ増えていく

   原子力発電所が建っていく

   さっぱりわかんねえ、誰のため?

   狭い日本のサマータイム・ブルース

 

   寒い冬がそこまで来ている

   あんたもこの頃抜け毛が多い(悪かったな、何だよ)

   それでもテレビは言っている

 「日本の原発は安全です」

   さっぱりわかんねえ、根拠がねえ

   これが最後のサマータイム・ブルース

  原発という言い方も改めましょう。何でも縮めるのは、日本人の悪い癖です。

    正確に、原子力発電所と呼ぼうではありませんか。心配はいりません。)

   あくせく稼いで、税金取られ

   たまのバカンス田舎へ行けば

   37個も建っている

   原子力発電所がまだ増える

   知らねえ内に漏れていた

   あきれたもんだなあサマータイム・ブルース

 

   電力は余っている

   要らねえ、もう要らねえ

 

   電力は余っている

   要らねえ、欲しくねえ

 

   原子力は要らねえ

   危ねえ、要らねえ

 

   要らねえ、要らねえ、欲しくねえ

  要らねえ、要らねえ

 

   電力は余っているよ

   要らねえ、危ねえ

 

   忌野清志郎はジョンレノンにも似ているなあ。凄いなあ。

 

6.靖国神社 遊就館

   @千代田区九段下 A地下鉄東西線「九段下」から徒歩5分 B年中無休 C近代史を学ぶゾーン@(明治維新〜西南戦争) 近代史を学ぶゾーンA(日清戦争〜支那事変)近代史を学ぶゾーンB(大東亜戦争)  英霊の「みこころ」にふれるゾーン

 

   ゾーンの展示は、戦争の歴史そのもの。日本の近代は、戦争で始まり、戦争で終わっている。靖国は、その戦争と裏表をなす。展示がまた凄い。軍国主義で溢れているというか・・。戦前に戻った世界というか・・。時代錯誤というか・・。安倍内閣にぴったりになってきているというか・・。兵器のオンパレード。特攻兵器だらけ!! ここで、英霊が静かに休めるの??!  パンフレットには、「愛する祖国、愛する故郷、愛する家族のために、尊い命を捧げられた英霊の「みこころ」やご事蹟に直接触れることによって、大切な何かを学ぶことができるのではないでしょうか」と書かれている。愛するを3回も重ねている。しかも、祖国が、いの一番に来る。それが戦争に直結していく。ここに一番の問題がある。愛する家族のために、平和を願う、働く、家を作る・・・じゃなくて、どうして、戦争の道に接続するのか!!!

 死んだ魂は、家族の元に返るんだよ。故郷に帰るんだよ。靖国神社には行かないよ!!

愛する家族の元に行くんだよ。死んでからも、家族から取り上げようとするなんて、なんてこったあ!!

おまけに、A級戦犯も合祀されているという。誰が、日本を戦争に導き、何百万の死者を出したのか!!日本の軍隊の戦死者は約230万人。その6割の140万人が餓死。戦死者の8割が敗戦までの1年間で死んでいるという。誰が責任を取るのか!!

  司馬遼太郎は満州で戦車兵だった。戦車にやすりをかけたら、ただの鉄だった。

  日本に戻ってきて、佐野に駐屯しているとき、本土防衛で東京に向かうとき、「逃げてくる人々がいたら、ひき殺して進め!!」と、上官の命令。絶句!!誰のための軍隊なのか!!!  こういうことから、「22才の私(自分)」に手紙を書くつもりで作品を書いた。日本人は、なんと考えなくなったことか・・と。

  昭和天皇の発言メモ(富田宮内庁長官のメモを2006.7.20日経新聞がスクープした。)

   昭和天皇がある時期から靖国神社の参拝を取りやめたのは、A級戦犯合祀に対して『私は、あるときにA級戦犯が合祀され、その上、松岡、白取までもが。筑波は慎重に対処してくれたときいたが。』『松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と。松平は平和に強い考えがあったのに、親の心子知らずと思っている。だから、私は、あれ以来参拝していない。それが私の心だ。』と。”御意に召さず”という不快感を持ったからだというもの。

   卜部侍従が記した「卜部侍従日記」が2007.5に朝日新聞から出版され、富田メモを裏付ける証言となった。

  死者達は、どんなに平和を望んでいたことか!!家族が、故郷が、国が平和になって喜んでいることか!!  死者の悲しみ、苦しみを忍び、絶対戦争をしない国にしていくことこそが、望まれていることだろう。

 靖国神社を後にして、つくづく思った。大鳥居の所には、機動隊の装甲バスの様な右翼の街宣車が何台も並んでいた。ハチマキをし、軍隊風の服をまとった男達が気合いを入れて、本殿の方に向かっていた。     英霊は、何を望んでいるのか・・。

 

 7ナヌムの家

  @韓国京幾道広州市(いわゆる広州市とは違います。) Aソウル市内から、地下鉄・バス等で1時間半   B月・水休館日  C日本軍「慰安婦」歴史館、宿泊・ボランティア可、日本軍「慰安婦」被害女性が、共同生活をしている空間、それが「ナヌム(分かち合い)の家」 現在、平均85才のハルモニ達が9人程暮らしている。生きている歴史、ハルモニ達の安息の場所がナヌムの家。

 

 3月の「韓国 平和と交流の旅」で、ここを訪ねた。館長さんに詳しい説明をして貰った。通訳は、日本人のボランティアだった。何人も来ているようだ。 館長さんは、穏やかで優しい人だった。丁度NHKのソウル支局の取材班が来ていた。カメラが回っていた。歴史館も、日本軍がしたことの展示や、「慰安所」の部屋の実物大模型もあった。記録の場・証言の場・告発の場等あった。展示コースは、薄暗くしてある。

 その後、ハルモニ達が現在、暮らしている建物で、少し話す時間が取れた。私の話した人は、日本語も話せて、証言で名古屋にも行ってきたという。朝の散歩もしているという。どんだけつらかったろう。その後の人生も、大変だったろうなあ。直接、被害者のハルモニ達にも会えて、良い旅だった。

 是非、今の時代で見て欲しいなあ。現実のうねりの中に漂っている問題。しかし、歴史の真実は、曲げられない。あったことをなかったことにはできない。戦争は、人間を狂わせるんだなあ。人間を人間としてみないんだなあ。でないと、戦場で生き延びられないのか。「靖国で会おう。」じゃなくて、「家族の元に帰りたい!!」だったろう。戦争をして良いことは、一つもないのに。人を殺して、何のいいことがあろうか。「1人を殺せば殺人犯。100人を殺せば英雄だ!!」そんな馬鹿な!!そんな仕組みが、戦争にはある。だから、人間の感性が壊れていく。だから、戦争をさせたい人たちは、人間性を奪い、人殺しを平気で殺せるキカイにしていく。

 死ねば、靖国の英霊になれる。 捕虜になるよりは、死ね。 国のため、特攻隊になれ。欲しがりません勝つまでは。戦争の狂気が、社会をうねりの中に連れ込む。人を人とも思わず。戦争をしながら、「慰安所」を数限りなく作る。日本人より、朝鮮人・中国人・外国人を「慰安所」で働かせる。逃げだせないように。暴力、甘言、欺し、脅し・・・。

兵士の証言、日本軍「慰安婦」の証言・・・・。

8.国立ハンセン病資料館

   @東京都東村山市 (1993開館) A西武池袋線清瀬市駅南口より、バス10

  B月曜休館日  C展示室1「歴史展示」 展示室2「癩療養所」 展示室3「生き抜  いた証」 証言コーナー  、企画展示室、図書室、映像ホール、ギャラリー。

  全国に13の国立の療養所と2つの私立の療養所がある。資料館は、東村山の多磨全生園の隣にある。昔は、「恐ろしい伝染病」、うつると「治らない」と、偏った考え方で療養所に一生閉じ込めた。だから、ひどい差別も受けた。ハンセン病は「らい菌」によって、末梢神経や皮膚がおかされるけど、今ではよく効く薬があって、きれいに治る。でも、昔は、効く薬がなくて病気を重くし、顔や手足に病気のあとの変形を残すこともあった。だから、病気が治まっても、「一生治らない」ように言われた。でも、そんなことはないのである。

 

Q 「一番大変だったことは何?」

 A 「公然と故郷に帰れないこと。それから、外にも行けなかったこと。『らい予防法』   廃止になって15年、裁判に勝って10年、いまだにホテルに泊まろうとしたらダ   メだと言われたこともあるし、私の菩提寺では、私のお墓参りはさせて貰えません。   でも、もう、恨んではいないよ。」

 パンフレットや案内も充実している。しかし、何故、国は、絶対隔離方針をとったのか!!?治療薬もできたのに、方針は変わらず。その法律は、1996年にやっと廃止される。戦争が終わっているのに!!民主主義の国になっていたはずなのに・・・!!

  差別が、ほっておかれてしまった。伝染性も弱い菌なのに・・。良い薬もあるのに・・。

どうして、ほっておかれたのだろう!!

 

松代大本営跡

 @長野市松代町 A長野駅よりバス40分 B第三火曜日と年末年始地下壕閉鎖 C松代象山地下壕は、第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦の最後の拠点として極秘の内に、大本営、政府各省等を松代に移すという計画の下に構築したものです。着工は、昭和19111111時。終戦の日まで、約9か月の間に当時の金で約2億円の巨費と延べ300万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され、13交代徹夜で工事が進められました。食糧事情が悪く、工法も旧式な人海作戦を強いられ、多くの犠牲者を出したと言われています。(パンフレットより)  平成元年から見学できるよう整備

 天皇御座所も作られていた。ここにも、慰安所が・・。朝鮮の女性数名が連れてこられたという。入り口の前には、「もう一つの歴史館・松代」展示室もある。壕には、ヘルメット(貸してくれる)を着用して入る。壕の壁には、ハングル文字も残る。天皇は、終始、移転に消極的だつたという。75lできたところで、敗戦。もし、松代大本営が実際に使われ、天皇も松代に幽閉され、1億玉砕になったとしたら、日本は壊滅状態になったでしょう。(ノンフィクション作家・保阪正康) 

 長野市にある、私立篠ノ井旭高校生、長野俊英高校生が聞き取りなどをし、歴史を掘り起こす大きな力となった。

 ここは、象山と言われることからも、佐久間象山のいたところである。象山神社も、象山記念館も近い。そこも、おすすめである。幕末、維新の大人物なり。

 10.無言館  (戦没画学生慰霊美術館)

     @長野市上田市 A上田駅上田電鉄別所線塩田町駅下車、バスで無言館下車、徒歩5   分 B4月~11月無休 12月~3月 火曜日休館  C第二次世界大戦中、志半ば   で戦場にちった画学生達の残した絵画や作品、イーゼル等の愛用品を収蔵、展示。

 

 戦争がなければ、完成させていたであろう作品。もっと描かせてやりたかったなあ。中断された、自画像や絵も沢山ある。作品の中の人物と画学生の関係はどうであったのか。どんな思いを残して、戦争に向かったのか・・。

 館長は窪島 誠一郎。水上勉の子ども。でも、お互いに親子とは知らなかったのが、あるきっかけで知ることになる。これも、ドラマだなあ。窪島氏の作品を集める苦労も、大変なものがあったという。みんな、戦争で死んだ人の形見であるから。かけがえのないものであるから。戦争して、良いことは一つもない。こんなに、未来に輝いていた画学生達も、戦争で死んでいくことになるとは・・。もう2度と、あってはならないな。菅原文太が沖縄知事選で「国がしなくていけないことは、2つある。一つは、飢えさせないこと。もう一つは、一番大事なこと、戦争をしないこと」と言っていた。あの身体で、よく応援に行ってくれたなあ。感謝。合掌・・。

 高倉健もドンドン良い映画に出るようになった。ぼくは、昭和残侠伝が好きであったが、本人は、もっと違うのをやってみたかったという。「ホタル」もそうした中で作られた。特攻隊の話である。中国でも、高倉健は大人気であると言う。人と人は、つながり会える。私達は、世界市民である。世界中のみんなが仲良くなろう。戦争なんかすることはない。人を尊敬しよう。人に敬意を払おう。貶すことはない。みんな仲良くなるのだ。「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(宮沢賢治)

 なんと、みずみずしい作品ばかりであることか!!

 

 高倉健もドンドン良い映画に出るようになった。ぼくは、昭和残侠伝が好きであったが、本人は、もっと違うのをやってみたかったという。「ホタル」もそうした中で作られた。特攻隊の話である。中国でも、高倉健は大人気であると言う。人と人は、つながり会える。私達は、世界市民である。世界中のみんなが仲良くなろう。戦争なんかすることはない。人を尊敬しよう。人に敬意を払おう。貶すことはない。みんな仲良くなるのだ。「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(宮沢賢治)

 なんと、みずみずしい作品ばかりであることか!!