まんしゅうとテニスと私と
2016/09/23
   清藤 道男

 テニスを始めたのは、1993年夏。人間ドックで血糖値が少し高いと言われ、我が子ども達も部活や友達の方に進み始め、一緒に出かけることも無くなってきた。自分も、何か運動でも・・・・。今までは、気にもとめなかったのだが、歩いて5分の所に、なんと、ブリジストンテニススクールがあったのだ。早速入会。 日曜日の1時間目の初級クラス。
 靴とラケットは島忠ホームセンターで買った。靴は、2千円ぐらい、ラケットは3000円ぐらいだったかな・・。着替えやタオルは、紙袋に入れて。航空公園で「小島さんからは、浮浪者みたいだな。」なんて言われたことも。結構しばらく、紙袋だった。テニスバックを買ったのは、随分先。

 何しろ、テニスは初めて。球技もあまりやったことは無い。小学校相撲部、中学校柔道部、高校空手部、大学児童文化研究部という経歴で、テニスとはまるで接点も無かった。ま、ぽーんぽーんと簡単そうに見えたから入会。しかし、コーチの前で試打してみたら、すぐ、一番最初のクラスからになった。ちょっとがっかりしたが仕方が無い。B1である。Bは初級クラスである。コーチは、増田コーチ。塚原コーチとダブルスで全国を回っている人。現役プレーヤーである。カラッとしていて明るい。みんなから好かれているコーチである。ラケットの持ち方、ボールのつき方、ルールなど熱心に良く教えてくれた。テニスコートには、線が一杯引いてあるけど、意味がわかった。サーブのライン、シングルスのライン・・・。ブリジストンの1番コートは、ハードコートであった。夏には、良く蚊が出た。特に、増田コーチは蚊に好かれて、よく刺されていた。増田コーチの太ももを狙って指しに来るのだ。増田コーチの太ももは、太くて筋肉でがっちり、むっちりしていた。
レッスン生の中には、「ボクも蚊になりたいなあ」なんていう人もいた。すかさず私は、「ラケットで叩かれるよ」と言ってやった。
  しかし、なかなかボールは思ったところに飛んで行ってくれない。飛びすぎたり、ガシャッと当たり損なったり。又、自分が、何処に動いて良いかもわからない。簡単そうで、中々難しい。テニスなんて、運動神経があまりなくてもやれると思っていたのが、大間違い。一生懸命やればやるほど、土坪にはまる。ぎこちないスイングになってしまう。ぽーんぽーんとチャラチヤラした感じに見えたのが、まるで違う。見ているのとやるのでは大違い。しゃくに障るなあ。全然旨くならない。1年経ってもそう。2年経ってもそう。サーブも中々入らなくて試合にならない。悔しいなあ。上手くならないなあ。焦ってもダメ。ま、週一回、日曜日の1時間20分のレッスンだけでは、上手くならないなあ。で、レッスン前に行くと、一緒にやる人も出来た。レッスン前の予習だな。テニスの話もできて、ちょっとずつテニスがわかってきた。やっぱり、聞いただけで無く、自分でやってみないと行けないなあ。出ないと、身につかない。

・難しい球は、点で取れ。決め球は、線で取れ打つ。
・胸を張って、突っ込まないで打つ。
・予測して待つ。何処へ返球が来るか、予測して動く、カバーする。
・・・ブリジストン 呉コーチ



ブリジストンは、オムニコート六面。土、日は六面全部がレッスン。平日は、3面でレッスン。あと三面は特別レッスンやレンタルコート。特別レッスンは、1時間で七千円ぐらい取られる。ヘッドコーチだとさらに高くなる。私は、一回もやったことがない。
 だんだんと、テニスになれてきて、B1からB2にあがり、やがてB3。コーチも塚原コーチになった。
このクラスが最高に良かった。男成さんに声をかけられ、「まんしゅう」に入れて貰う。(まだ、サークルの名前は無かった。)このクラスに、小島さん、岡本さん、勝俣さん、小泉さん、樋口さん、高松さん、篠田さん、長谷川さん、高松さんの奥さん、浅井さんの奥さん、大隅さん(別の曜日)達。大隅さんは、ブリジストンの大会でも優勝している。ドンドン打ってくる、ファイターである。アグレッシブなテニスは、今も変わらない。よく走り、拾う。凄い人がいるなあと思ったものだ。
 そうそうたるメンバーがいた。四家さんもいたなあ。 サークルに誘って貰ったので、スクールでやって、そのあと航空公園でも一緒にテニスが出来た。すこしずつ、テニスが上手くなり始めた。面白くなってきた。だから、練習にも熱が入る。(サークル名が 仮称・クロスサークルテニスクラブと言う時期も、ちょっとだけあった。)
この頃は、抽選は往復はがきでやっていた。みんなで分担して、往復はがきを出していた。土、日を当てるのは大変。でも、今より当たっていたような気がする。
 あと、青年の家コートも使っていた。青年の家は、無料。壮年?!の私達でも使えた。小島さんが、毎月コート使用会議に出て、コートを取ってくれた。で、サークルの名前が必要となり、小島さんと2人で、まんしゅうで一杯やりながら付けた名前が、「まんしゅう高級テニス研究会」だった。登録サークルと言うことなので、研究会を付けた。
 通称まんしゅう高級テニスクラブと言うことになった。

 会長は、浅井さんがやっていたのだが、会が大きくなって行くに従って実務を良くやってくれていた小島さんが会長になった。規約などもまとめてくれたり、コート取りでも力を発揮してくれていた。又、毎回休むこと無くテニス皆勤であった。小島さんの得意は、バックのスライス。これは強烈だった。ボールをなでるように打っていた。それと、サーブも重かった。相手のバックサイドに完璧にコントロールできる。グループの中では、小島さんは上手い方だった。だから、私は、小島派であった。
 この頃は、日曜日は午前・午後と続けてやっていた。昼は、信号渡ったところの定食屋さん。さば定食をよく食べた。小島さんは、必ず、肉系。カツ丼とか、焼き肉定食とか。ここで、軽く飲む麦酒も旨かった。店のおじさんおばさんも親切で、おしんこ等サービスで出してくれた。「じゃあ、もう一本!!」でも、昼からもテニスを良くやった。まるまる1日、8時半から4時半迄集中も途切れずやった。みんな仕事を持っているから、日曜日ぐらいしか出来ないから、日曜日のテニスをいつも心待ちにしていたのである。わたしも、だんだん土曜隔週休み、さらに土曜休みと成り、土・日テニスが出来るようになった。
その頃から、まんしゅうは、土日の午前にテニスは限定してきた。で、増えたのが飲み会・ランチ。
 テニスのあとは、まんしゅうで一杯・ランチが定例となった。土・日曜日、良く飲み、良く喋り、よく食べた。 小島さん、根岸さん、樋口さん、小泉さん、高松さん、松村さん、山崎さん・・・。松永さんも。(ザワの松永さんは、この頃は、三人ぐらいでずーと練習、シングルスをやっていた。航空11、12番コートがまだ、ハードコートだった頃。練習も、ハードにやっていたのが松永んである。ダブルスは、ほとんどやったこと無かったかな。市の大会も、シングルス出場。切れの良いストロークを打っていた。とても、敵わない。)
いつも賑やかだった。なんと言っても、小島さんの話が面白い。さすが会長!!通訳をしていたので、何カ国語か話せる。海外添乗員もしていたという。@海外添乗員時代の話Aタイ人ホステス5人との一間での共同生活の話Bスペインで二十歳の娘と同棲していた話C上野丸井でグッチのハンドバックを買わないで、振られた話。D山谷近くの会社員時代・休憩室で女性社員と、いちゃいちゃして部長に怒られた話。E智光山近くのストリップ小屋へ踊り子さんのあれこれ必要品を卸していた話。F京都国際ホテルのエレベーターの中での話。G忍野合宿で仲間から、すき焼き晩飯時に肉禁止令が小島さんに発令された話
まだまだきり無くある。もうそのまま、ドラマになりそうな話である。
アップ、練習は男成さんが、よく進めてくれていた。男成さんは練習を好み、小島さんはゲームを好んだ。ボールのマークの○に十の字は、男成さんの出身の薩摩藩の印である。まんしゅうは、ずーと、そのボールマークであった。男成さんは、毎日、10`も走っている。ボクサーでもあった。熱心で、禁欲的で、自分自信に厳しい人だった。でも、人には優しい。穏やか。所が、男成さんが転勤。送別会は、菊寿司で盛大にやった。
男成さんがいなくなって、すべての中心は小島さんになった。名実ともに会長となった。パソコン時代がやってきて、小島さんはパソコンにも優れていた。いろんな実務も、全部やってくれた。
その頃は、浅井さんの奥さんや、高松さんの奥さんも参加していたが、だんだん来なくなった。
小島さんの、きつい一言も影響したかな・・。
私は、「エースを狙え」をよんで、それになりきったり、練習も一生懸命やった。塚原コーチの言うことは、何でも聞いてやった。小島さんは、あまり言うことを聞かずに、よく怒られていた。塚原コーチは、まじめで無い人が嫌いだったようだ。
1996年9月M1(Mは中級)に上がった。でも、塚原コーチのB3にいた。さらに、1997年M2に進級。塚原コーチにあげて貰ったが、ちょっと早いかなあと、内心では不安だった。自信も無かった。だから、練習をびしびしやった。でないと、M2に上げてくれた塚原コーチに申し訳ないから。それでも、クラスは塚原コーチのB3にいた。塚原コーチは、私にとっての宗方コーチ(「エースを狙え」のコーチ)であった。何でも吸収。なんでも、「はい!コーチ」と、良く聞く。そして、少しずつ上手くなっていった。



・いつだって自分との対決よ マリア!相手は問題じゃ無い。たとえ、相手がどん
なに強くとも、自分がより強ければ勝てるのよ、いつだって自分の未熟さと闘うのよ
・スポーツじゃあ、勝つと自信が付く、負けると勉強になるって言うんだ。
悪く勝ちゃあ慢心する。悪く負けりゃあ卑屈になる。これが勝負の鉄則だ。良い
試合をすることだ・・・・。 ・・・大悟コーチ 「エースを狙え」より


 1999年、阿部さんにも色々声かけて貰い、青年の家のナイター練習をやったり、パークテニスクラブに入れて貰ったりした。パークテニスクラブは、ブリジストンのSクラス(Sは上級者)の人が一杯いた。だから、ついていくのもやっと。中々勝てない。サーブも早いし、ストロークも強い。何とか食らいついて、上手くなるぞー。


石の上にも3年、テニスも時間をかけないと、どうも成らん。簡単には上手くならない。簡単そうに見えて、難しい。それがテニスだ。力を入れるだけでもかえってダメ。力んでしまってはダメ。一本勝負では無く、ポイント勝負。我慢。ポイントの積み重ね。我慢して、粘った方が勝つスポーツだ。超凄いショットも、当たり損ないのラッキーショットも同じワンポイント。そして、メンタルが大変重要。どのスポーツも、駆け引きがあるが、テニスはさらに重要となってくる。だから、難しい。ある意味で、性格も変えないとテニスは上手くならない。 青年の家は、5時半から7時半迄。夏は良かったが、冬の寒い日・風の強い日は中々大変だった。手がかじかむこともあった。腹が減ってきついこともあった。でも、何とか阿部さんに付いていこうと頑張った。その青年の家は、2、3年前取り壊しになって使えなくなった。春には、桜が綺麗だったのになあ。受付の人には、「まんしゅうって、満州からの引き揚げの方に関係あるんですか?」なんて聞かれたこともあったなあ。
 2000年頃からは、市民戦にも出るようになった。シングルスもダブルスも。ダブルスは、岡本さんとペア。しかし、なかなか予選リーグを突破するのは難しい。
大会は、厳しい。自分の下手さが身にしみる。相手は、自分の弱いところばかり突いてくる。負けて悔しい。自分の弱点が、あからさまになる。大会では、自分の弱点に、塩を塗られる。きつい。しんどい。でも、ここが大事。やっぱり、身にしみなくてはいけない。悔しくならなければ行けない。そこから、這い上がらなければならない。悔しさをバネに、次の大会を目指す。半年後であり、1年後である。そこまでの、練習の量と質が次の大会で問われる。実証される。だから、アスリートは大変。現在の自分を維持し、さらに成長させていなくては成らないのだ。毎日の生活が、その為に規定される。いや、規定しなくては成らない。自分の心と体をいつもコントロールしなくてはいけないのだ。いつでも、成長することを意識しなくてはいけない。飲んで酔っていても、テニスプレーヤーなのだ。それは、アスリートをやめるまで、永遠に続く。
シングルスとダブルス。同じテニスでも、全然違う。普段は、コートの関係でシングルスはあまり出来ない。コートを2人で占有出来ないからである。でも、それぞれ面白いし、作戦も違う。シングルスは、ストロークが主、ダブルスはボレーが主かな。両方やる中で、それぞれの特長を伸ばすことも出来る。シングルスは、なんと言っても、一対一の勝負であるから、すべて自分の責任である。責任を全部しょわなくてはいけない。誰のせいにも出来ない。全部自分のせいである。下手なのも、ミスするのも、負けたのも自分のせい。わかりやすいなあ。ダブルスは、そうはいかない。ペアがいる。ペアのせいにすることもある。でも、それではペアは成長しない。勝てないのは、自分のせいなのか、ペアのせいなのか。そんな風に、後ろ向きになる事もある。ペアを代えたりと言うことも。+に働けば、強いペアになるのだろうけども。
 岡本さんとのペアは、信頼していて、安定していた。だんだん強くも成っていった。
テニスノートも付け始めた。コーチに教えられたことやわかったことなど、何でも書いた。月刊誌「スマッシュ」も定期購読した。切り抜いたり、書き写したりした。ノートにまとめることで、意識をはっきりと強く持てるようになった。自分を振り返ることが出来るようになった。

・頼れる第2サーブを持っていて、はじめて強力な第一サーブを迷い無く打てる。
・うまくなるだけの努力をするかしないか。それだけだよ。
・つよくなるんだよテニスで!テニスをすることで自分を鍛え、自分が成長するこ
 とでテニスを高めていくんだよ!
・・・「エースをねらえ」より


ミックスダブルスを初めてやったのは、上原さんとである。小川さんから紹介されてやってみないかと言われた。テニスなら、何でもやるつもりでいたので、ペアを組むことにした。しかし、まだ下手な自分で恐縮しながらやっていた。ミックスでは、男性が決めなくちゃ行けないのに、私の方が頼っているようなミックスだった。いろいろなミックス大会に出るようになった。でも、つくづく下手で、申し訳ない気持ちで一杯だった。だから、上手くなろうとも努力をしたが・・・。でも、1年、2年ですぐ上手くなるはずも無かった。でも、上原さんの紹介で入間市のサークルに入れた。そこで、大会にも出るようになった。「女を守らなくて、なんのミックスなんだ!!」と怒鳴られたこともあった。
たしかに、ミックスは、女の人が取れる範囲を限定し、そこをしっかり守り切る。男の人は、チャンスを逃さず攻撃し決める。三分の二は取るつもりでプレーする。でも、私には、全然そんなプレーは出来なかった。でも、ミックスも独特のおもしろさ、難しさが有るからやってみて良かった。去年、所沢ベテランミックスで準優勝!(岩坂さんと) 入間市のミックスでも、一般、100歳(ペア合わせて100歳までの人)にも出ている。 入間パルトネール杯ミックスでも優勝!(上小路さんと) ミックスでも少しずつ結果が出てきている。
シングルス、ダブルス、ミックスダブルスとテニスも多彩である。どれが自分に向いてるかと言うこともある。まんべんなくどれもプレーすることも良い。ミックスは、どうも、女性を攻撃できないから苦手だという人もいる。ミックスは、女性の緩い球が合わなくて苦手だという人もいる。様々で、面白い。上原さんが、結婚することで、ペアは解消した。

 遠山さんがまんしゅうに参加してからは、ペアを組み、埼玉県ベテラン大会にも出るようになった。所沢でもペアを組み、所沢市民戦シニアダブルス優勝。ベテランダブルス準優勝。遠山さんに引っ張ってもらって、優勝もできるようになった。テニスをやっていて良かったなあ。続けていて良かったなあ。0からテニスを始めたけど、やめなくて良かったなあ。こんな自分でも、優勝できた。嬉しい!!!生きてて良かった!!
 県ベテランダブルスも優勝もいつかしたいなあ。さらに、狭山市のサークルにも遠山さんのつてで入り、狭山市の大会にも出場した。狭山市55歳以上シングルス2度優勝。姫野さんとの縁で三鷹のダブルスやシングルス、団体戦にも出ている。山崎さん(山崎パン)の縁で、東村山のダブルス、シングルスに出ている。東村山シニアシングルスは、2連覇を達成。3連覇がかかる今年は、山に登っていて、申し込みが出来なかった。とほほ・・・! ガックリ。

合宿もテニスの楽しみ。小島さんの顔が広いので、まんしゅうも色々な合宿に参加した。ハーレークラブとの合同合宿は、毎年二、三回やっていた。越生だったり、忍野だったり。忍野は、よく行った。高田馬場の飲み屋さんのママさんの実家が民宿をやっているというので、行くことになったみたいである。家庭的な雰囲気で、富士山の見えるコートは素晴らしい。参加者も20人ぐらいもいて、上級者から初級者まで様々。共通しているのは、みな、酒が強いということ。私は、晩飯のあとは、すぐ寝て、早朝テニスに行く。合宿でも、早朝ができてうれしい。
越生は、近いのがいい。厚生年金の施設で、オムニコート。食事が良い。風呂もよい。コート代は高いが、ホテルの目の前なのが良し。最近は、飯がまずくなった。
山梨の西桂町のグリーンロッジもよく行った。三つ峠の登山口の近く。町営で安い。ロッジもあり、騒いでも、飲みすぎてもカラオケシテも、大丈夫。特に、近くの肉屋から届く馬刺しは絶品。帰りに肉屋によって、保冷剤を入れてもらいお土産にする人もいるぐらい。
ただ、吉田のうどんは不評。太くて四角で、食っても食っても減らない。みんな降参だった。ほうとうは美味いなあ。
松村さんの車で秩父に合宿も行った。松村さんのキャンピングカーに乗って。車の後ろでシャワーもできる。寝心地良し。ミューズコートでテニスをして、コテージに泊まった。昼飯は、バイキング。ビールも飲んで、高台のコートで真夏のテニス。日を遮るものひとつなし。暑いー。昼のビールもまわり、午後はテニスどころじゃない。隣接しているプールで水につかりながら、昼寝。気持ちよし。
 松村さんの別荘で合宿したこともあった。山梨県北杜市だったかな。目の前に、甲斐駒がどーんと聳えていた。松村さんは、その後、神戸に転勤。
合宿は、みっちり練習・試合ができる。そのあとの風呂と宴会。麦酒がうまい。寝るまで、しゃべってテニス談義。朝から、またテニス。テニス漬けだなあ。合宿は楽しいなあ。 伊藤克美さんの合宿もよし。ミックスで知り合った仲間。合宿も、年2回ぐらい参加している。特に、ベルデ軽井沢、ベルデ武石は練馬区の施設で、豪華で安い。夕食は、バイキングで、揚げたてのてんぷらを食べたり、ローストビーフをコックさんに切ってもらって食べたりできる。私は、ローストビーフは、3枚はお代わりする。料理もおいしい。それで、一泊2食・コート代・ボール代・飲み代も入れても、一万円からおつりが来る。
克美さんの顔は、とてつもなく広い。合宿は、30人ぐらいの大勢参加。しかも、上手い人だらけ。女性も半分はいるので、ミックスの試合をしたり、団体戦をやったりと多彩なプログラムで楽しめる。友達の友達は友達。テニスの仲間は、ラケットを持っているだけで仲良くなれる。テニスの世界は、どんどん広がって行く。所沢ウイングの合宿にも参加させてもらった。ほかのサークルなのに、歓迎してくれて、私も武者修行のつもりで練習もがっちりできた。
夏のHK(羽生田クラブ)の合宿にもここ何年か参加させてもらっている。ここも、団体戦が面白い。さらに、晩飯の後、レク大会。クイズをしたり、イントロドンやなぞかけ・・・。ゲームの準備をしてきてくれて、みんなで楽しむというやり方。これも、楽しい。 木曜日の午前、智光山コートでやっている木曜会。村川さんに紹介してもらって入った。レベル高い。テニスベテラン全国大会で優勝している人も参加している会である。10歳ぐらい上の人でも、私はかなわない。うますぎるぐらいうまい。空振りしても、気がつくと後ろでカバーに入ってくれるほど何でも取ってくれる。ロブは、10本打てば、10本入る。完璧。精密機械。ジョップのランクを持っている人も何人もいる。そういう人は、県ベテラン大会のほか、関西・北海道・関東・毎トー・全日本など大きな大会に出ている人である。だから、木曜日やりごたえがある。木曜会でダブルスを磨こう。鍛えて貰おう。
その木曜会でも、年に一回合宿がある。群馬の木曜会との合同合宿。伊香保温泉でやったり、山中湖でやったり、規模が大きい。60人ぐらいも参加するのだ。主催者の横尾さんが、全体を切り盛りしてくれる。で、晩飯の後はレク大会。これも楽しい。司会進行の横尾さんの力量はすごいもんである。
合宿はいいなあ。

・「『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』負けるときは常に負け
るべくして負けるが、勝つときは本人が不思議に思う勝ち方をすることがある。試
合に勝って『なぜあの時勝てたんだろう?不思議だ』と思う。そういう経験を持て
るような人間にならなければいけない。」
・「この一球は絶対無二の一球なり。されば、身心をあげて一打すべし。この一
球一打に技を磨き、体力を鍛え、精神力を養うべきなり。この一打に今の自己を発
掘すべし。これを庭球する心という」・・・福田 雅之助
・・・「エースをねらえ」より


長谷川レッスン

北野コートで、土・日の早朝2時間のレッスン。一回、千五百円。ストロークを沢山、ストーク・ボレーもたっぷり。振り回し。ゲーム。ストロークと振り回しが、私には良かったなあ。シングルスで、安定感が出る。今まで取れなかったボールも届くようになる。振りまわしは、1人5分ぐらいだが、フォァ・バックと交互にボールを出して貰ってそれをコーチに返す。これが、きつい。取れるか、取れないかギリギリの所にボールが来る。ダッシュを繰り返しやっているのと同じ。60歳過ぎて、こんなハードなことを、する人はあまりいないだろう。だからこそ、試合の時差がでる。苦しい、避けたくなる練習であるが、これは良い。私にとっては、長谷川レッスンは、最高であった。2、3年前血圧が上がって薬を飲むようになってからやめている。早朝やハードな練習を少し控えたのだ。
でも、またいつか、レッスンを受けたいなあ。強くなりたいなあ。へとへとになるまで、振り回されたいなあ。
 
 ブリジストンテニススクールは、休会中。休会は月千円。そうでないと、月10000円以上も取られる。大きい額だなあ。でも、ブリジストンには、愛着があるしな。テニスのふるさとだから。やめて、その分浮いたお金でワオワオに入ろうかな・・。テニスのゲームを見るのも大事。よく見て、何度も見て考える。そして、なりきる。だから、テニスの試合を見るのは、上手くなるためのアイテムの一つである。
 テニスを始めて23年。43歳で始めたんだなあ。0からの出発。 石の上にも、3年。 桃栗3年、テニス10年! 20年はかかるなあ。ま、私は不器用で、堅い方(身体も心も)だから、時間がかかったなあ。ブリジストンでテニスを始めてから、23年。うーん、思えば遠くへ来たもんだ♪なあ。

2016年 テニスのレベルをもう一段上げたいなあ。その為の、目標!!

1.小篠会(ガチンコダブルス)をしっかりやる。
木曜会の飲み会で、小篠さんと話して、所沢でやるダブルスに参加してくれるという約束をした。小篠さんは、全日本ベテラン70歳で2連覇している人である。全国ランクは、2位。毎トーでも優勝。あちこちで優勝。その人が、一緒にテニスをしてくれるというのだ。こんな嬉しい話は無い。で、月曜日の午前、小篠会(ガチンコダブルス)をやっている。本気で、1球1球真剣勝負。ちょっとしたミスが負けにつながってしまう。集中を切らさないこと。攻めの姿勢、ミス無く、チャンスは逃さない・・・。浦和から来てくれている。この会も、充実させていくぞー。メンバーは、県ベテラン大会にも参加したりしている。集中して、緊張感を持ってゲームが出来るので、やり応えあり。

2.シングルス練習会で打ち込む。
火曜日午前シングルス練習会をやっている。何しろ、練習は、ハアハア言うほど打ち込む。ストロークも、10分、20分とひたすら打ち込む。10球、20球じゃ練習にならない。100球、200球をしっかり打つ、思ったところに打つ、深いところに打つ、ミス無く打つ、体重をのせて打つ・・。そうやってこそ、試合で良いボールを打つことが出来るのだ。練習以上のことは、試合では起きない。つなぐボールと決めるボールを見極める。打ち込み続ける中で、身体が自然と動いていく。100球打つ中で、自分の加減がわかってくる。身体に染みついてくる。考えなくても、身体が反応してくれる。
練習2時間、シングルスゲーム2時間みっちりやるぞ!!

3.ダブルス練習会の回数を増やす。
去年から始めた、ダブルス練習会。私の大会や登山があって、中々開けないがもっとやりたい。アップじゃなくて、練習。ゲームじゃ無くて、ゲームの組み立て。上手くなるための練習。強くなるための練習。試合で勝つための練習。アップでは無い。だから、みっちりやる。打ち込むことで、気付くことがある。打ち続ける中で、自分で気付いていけると良いなあ。同じ事を何回もやって、自分で発見する。テニスの展開と自分の技術とのバランス。その中で、一番自分にとって良い手を選ぶ。迷わず、思い切って、踏み出してみる。上手くなる三要素 @レッスン等習うこと、テニスをわかることが大事、テニスは頭も使う A試合に出て揉まれる、自分を見つめる、1球の厳しさを思い知る B練習する、ひたすら練習する。自分の技術を分析し、苦手を克服する、得意を延ばす、引き出しを広げる。試す、やってみる、繰り返す。それが練習である。だから、身につく。練習は、自分のためにやる。練習を工夫して、上手くなるやり方を見つけよう。
シングルスをやってダブルスに生かす。ダブルスをやってシングルスに生かす。マルチナ・ヒンギスのように。

4.ジョップポイントの試合に出る。
シングルスでいろんな大会に出てみよう。市民大会は、ジョップポイントは付かない。
県ベテラン大会はEランクである。全日本ベテランはAランク。毎トーは、Cランク。
Aが高い。Aは、ポイントがかなり無ければ、参加できない。足きりがあるのだ。上のランクの大会で良い成績を取ると、ポイントが沢山取れる。今年、シングルス452位からスタートした。
 4月県ベテランシングルス。Eランク。
  本戦に行き、1回戦は、6ー1、6ー0で勝利。2回戦は、ランク99位の渋沢さん。4ー6、4ー6で負け。でも、何とかならないことは無いかなあ。県大会は、本戦が三セットマッチの試合である。2試合闘うと、かなり消耗する。渋沢さんは、シードだから初戦。シードの人が有利になっている。ポイントが無いと、いきなり、シード1位や2位の人に当てられる。トホホ・・。
 一つ勝ったのでこれでも、ちょっとだけポイントが付いたと思う。
4月小金井ベテラン。Fランク。
 8ゲームのワンセットマッチ。265位の笹本さん。8ー8でタイブレ。7ー0で勝つ。でも、かなりへろへろだった。相手は、もっと疲れたようだ。
5分休んで、81位の和久井さん。さすがに強い。0ー8で完敗。相手は、シードだから初戦。私は、結構精一杯だった。でも、ベスト4で32ポイントゲット!!
5月東京都マンスリーベテラン。Fランク
 世田谷レクセンター。新宿から、小田急で成城学園前。そこからバスで行く。遠いな あ。2時間は見ておかないと。8ゲームのワンセットマッチ。
1回戦は、8ー3で勝利。しかし、ストロークもおっかなびっくりだったなあ。
2回戦は、8ー0。快勝。こんな良いテニスも出来るんだ。嬉しいなあ。テニスやっ て良かったなあ。 さて、2時間かかって所沢に帰る。
次の日は雨で延期。新宿まで行ってから、中止の連絡。ま、遠いから仕方ないなあ。
水曜日、ベスト4戦。8ー0で勝つ。気合いが入ったなあ。思った通りにコントロールできたなあ。サーブからの組み立ても、面白いように決まる。ドロップの切れ味も良し。昼過ぎまで待って、いよいよ決勝。決勝は、三セットマッチ。先に終わったので、次にあがってくる人を決める試合を見ていたが、どちらも上手かった。どちらとやってもきついなあ。
で、決勝は、横浜ガーデンテニスクラブの三浦さん。私は、まんしゅう高級テニスクラブ。 7ー5 6ー1で押し切った。 相手が、あきらめるまで攻める。あきらめるように攻める。あきらめたら、こっちのもの。坂を転がるようにゲームは進んでいく。集中、気を抜かない、たたみかける、弱点を攻める。
3時半終了。優勝だ。やった!!嬉しいなあ。ジョップ初挑戦で、優勝だ。
 ポイントは、92ゲット!!大きいなあ。
シングルス384位にアップ。

 6月東京都サマーベテラン Eランク。
  これも、世田谷レクセンター。慣れてきたとはいえ、遠い。武蔵野線、南部線、登戸(戦争中、風船爆弾や偽札作り等謀略研究の登戸研究所のあったところ)で乗り換え成城学園前。三セットマッチ戦。三セットマッチなので、1日一試合。勝てば、続くが、負ければ明日が無い。サバイバルゲームである。
月曜日 6ー3、6ー1で勝利。
火曜日 雨で延期
水曜日 第2シード23位の成田さん 敵うはず無いのだが。相手が、足を痛めていたようだ。 6ー3、6ー1 で勝利。信じられないなあ。
嬉しくて、うきうきして帰った。昼は、成城学園前駅うどん。明日もあるから、早く帰って、休養しよう。
木曜日 冬木さん 4ー6、6ー3 三セット目は10ポイント先取のタイブレ。11ー9 で逆転・逃げ切り。辛勝だな。よく勝てたなあ。
金曜日 毎日試合と言うのも疲れる。しかも、2時間、帰り2時間の電車旅。ま、でも、世界を連戦している選手はもっと疲れるだろう。こういう試合の毎日も良いもんだ。これぞ、アスリート。負けたら、もうそれでお終い。勝っているから、毎日連戦。楽しまなくっちゃ。
次は、シードの木曽さん。前回も、ベスト12。
3ー6、7ー5、10ー5 で、またまた逆転、タイブレ勝ち。よく勝ててるなあ。
「勝ちに不思議の勝ちあり」だなあ。テニスは、良いなあ。

土曜日 いよいよベスト4戦。勝てば、決勝。場所は、変わって昭和の森。車で行く。 相手は、京王テニスクラブの94位の平田さん。私は、まんしゅう高級テニスクラブ。1ー6、1ー6で完敗。上手い。ミス無し。コントロール良し。何処へでもボールを運べる。緩急、時に応じてスピードボール。レベルが違うなあ。でも、強い人と試合できて良かった。100位内の人の力はこれだけ凄いんだ。本気の試合で、こういう強い人と対戦できることは、感謝である。強い人とガチンコの試合をして、その強さを吸収しよう。
月曜から、土曜日まで試合で転戦。ほんとのアスリートみたいだなあ。嬉しいなあ。気持ちが弾んで、鼻の穴が、ひくひくしている。ベスト4なので、117ポイントゲット!!!
7月毎トー(毎日テニス選手権)Cランク 昭和の森
7月4日 1回戦  6ー2、6ー4で勝利。
7月6日 2回戦 神奈川・淵田さん 35位
0ー6、1ー6で完敗。敵わないなあ。しかし、いつか、この辺の人とも、互角で試合がしたいなあ。頑張らねば。上手い人には、とりつく島がない。あっという間にやられている。こっちが、力を出さないうちに負けている。つまり、相手に力を出させないように、料理するんだなあ。でも、ちょっとポイントが付いた。
シングルス190位 よし、200を切ったぞー。ここから、難しくなるなあ。
 
  今年は、あと、軽井沢ベテラン、県秋季ベテラン、東京クリスマスベテランに出ようと思う。で、来年は、本格的にジョップに参戦。100位辺りを目指したい。

・レベルアップの第一歩は、軌道を安定させてコントロール力を身につけること。
 スピードアップは、その次のステップ。
・1〜2秒の間にチャンスもピンチも突然訪れる。テニスは、とっさの判断の連続
 であると言うことをしっかり胸に刻もう。
・テニスは、一本の美技を競うのではなく、ポイントを積み重ねて勝敗を決するス
 ポーツだ。自分は、ポイントや勝機を掴み、相手はダメージを受けるというメリ
 ットを生かすためにも切り返しが重要。
・強い選手は、駆け引きを通じ試合の流れを掴むのが大変に上手い。相手の考えて
 いることを読み切った上で打ち込むコース、ボールの回転とスピードを決めて打
 ってくる。そして、それらは、すべて相手の嫌がることばかり。
・゛この一本゛への集中力の高さ。リードするほど攻撃的に成り、劣勢になるほど
 積極的になる。つまり、いずれも攻め気。攻め気と攻め気のせめぎ合いに、引い
 たら負け。集中力の高い方が勝つ。
・・・松岡 修造



村川さんテニスは、水曜日。入間や智光山でやっている。みんな、私よりかなり若いメンバーで、ボールも速い。ついていくのがやっと。でも、やり応えがある。びしびししたボーウルが来る。速いゲーム展開。ナイスショットばかりで攻めてくる。練習も、2時間ぐらいみっちりやる。これが良い。やっぱり練習が大事。上手い人ほど、よく練習している。
木曜会 木曜日。智光山でやっている。上手い人が沢山いる。女子は、50才以上。男子は、60歳以上が参加資格。全国レベルの人が、何人もいる。県大会で優勝したり、他県に遠征して大会に出たりと凄い人ばかり。やり応えがある。中々勝てない。でも、ここでみっちり揉んで貰おう。良い試合をしよう。
平日早朝 これも有り難い。メンバーも多彩。6時から9時までみっちりやれて充実。シングルスもできる。早朝毎日やって、そのまま、午前中テニスしたら、体力アップ、持久力アップ、シングルス向きの身体も出来るのになあ。早朝のあとのテニスもあるから、毎日は出来ないなあ・・。
金曜日 木下さんテニス。最近、高橋さんも遠山さんも来ないからどうしようかなあ。ちょっと検討するようかな。でも、ほんとに長いことお世話になったなあ。ブリでレッスンのあとのレンタルコートで一緒にやってくれたり、金曜テニスに入れてくれたり、感謝です。
土曜は、早朝かな。
日曜は、パーク。最近メンバーが少ない。前は、今の2倍ぐらいの人がいたけど、今では、一面で足りる。二面有るときは、一面キャンセルしているほどだ。
入間市のサークル。ラ・ポーム(通称・ラポ)二面取れていて、やる気のあるメンバーが沢山来る。男女同じぐらいのメンバーがいる。女子連で上を目指している人も多い。みんな、うまい。熱心。
阿部さん早朝も良い。たまに入れて貰う。ここも上手い人ばっかりだ。ボールのスピード、ゲームの展開が速い。押されるなあ。やり応えあり。

5.市民大会もあちこち出よう。
所沢春季市民戦
ベテランダブルス 予選 6ー2 6ー0 6ー2  良い勝ち方で、予選通過。    (山田さん)                   太田ペアを破る。
ベテランシングルス 予選  6ー3 4ー6 深井さんに敗れる。
ベテランシングルス本戦 1回戦 6ー4  2回戦 3ー6 
ベテランダブルス本戦 1回戦 4ー6 菊池・吉良ペアに敗れる。残念。
  
  入間ダブルス一般  予選 1ー6 2ー6 敗退。入間黒須コートは苦手だなあ。     (原さん) 河川敷のクレーコート。イレギュラーだらけ。凸凹のこのコート           で、良い成績無し。

所沢ミックスベテラン 予選 6ー0 6ー1 6ー4 満足。完璧な試合。小野     (岩坂さん) 田ペアには0ー3から逆転勝ち。こういう試合が出来て嬉しい。
本戦 1ー6 片岡・山下ペア うーん。歯が立たず。


三鷹グランドシニア(60歳以上)ダブルス 
(山里さん) 6ー4  6ー3 6ー3  2ー1(相手が、足がつって動けなくなり、デフォ) 優勝
入間パルトネール杯ミックス
(上小路さん) 予選 6ー2 6ー5 4ー6 
2位トーナメント
6ー1 5ー6  残念。2位優勝とは成らず。
以前優勝したこともあるのだが・・。
所沢秋季市民大会
ベテランダブルス 予選 6ー3 6ー2 2ー6、2位でラッキールーザー
(山田さん) 本戦一回戦 6ー1 二回戦 6ー1 三回戦 2ー6
      @(予選で負けた相手にリベンジ)A(ブリジストンSAペアに勝つ)B(優勝常連、羽生ぺアに負け)
      ベテランシングルス 予選 6ー1 4ー6 6ー0 強い人が一人いて敵                        わなかった。2位ラッキールーザー 本戦 6ー2 深井 6ー1 岡本 4ー6 亀田
(くじ引き当たり) (春負けている)(去年準優勝) (去年優勝) ベテランシングルス3位   この大会は、内容も良かった。良いテニスが出来た。亀田さんは、強い。何処へ打っても帰ってくる。ドロップもほとんど拾われた。しかも、切り返し。空いたフォアーに打っても、さらにきついアングル返しされた。うーん。強いな。よし、次回!!

入間市一般ミックス
(鈴木純さん) 予選  7ー6 佐伯夫妻(今まで勝てていない相手・粘り勝ち) 4ー6 若くて、強い。ボールが、スピン強烈。
食らいついて、4ゲーム取ったのは、善戦。
ミックス100才は沢田さんの都合が悪く、今年は見送り・・。

  狭山市も、役員が替わって、ホームページも再開した。入間市・所沢市・狭山市在住であれば、参加できるようになった。かつては、55才以上シングルスで2回優勝している、相性の良い大会だから、ここにも、又参加しよう。

東村山市民大会
去年、一昨年と60以上シングルスは、2連覇している。が、今年は、山の方が忙しく、申し込みの日にちを忘れてしまった。ダブルスは、山崎さんと3位を何回か取っていたのだが、山崎さんの転勤でペア解消。残念。誰か相手を探して、また、出よう。

  まんしゅう高級テニスクラブは、現在は万集高級テニスクラブ と成っています。
ホームページもあり、予定表や会員のページもあります。小島会長が参加者やホームページの更新など、日々管理してくれています。感謝。






万集高級テニスクラブホームページ
  http://manshu.sakura.ne.jp/










・「常にクロスに打て」が鉄則。
・「クロスはパートナーを使うショット、ストレートはパート ナーが死ぬショット
・布石を打ってから、次。
・足下にせめて、浮いたボールを叩く。
・困ったときのオプションを用意しておく。
・pointゲットパターンを作る。
・考えすぎない、強気に攻めろ、練習みたいにやる。
  そうすれば、もっと勝てるよ。(塚原コーチ)
・技術はゲームを楽しむためにあり、ゲームは個性を表現するためにある。自分を
  知るほど、テニスの楽しさは、深く大きくなっていく。(松岡修造)






                             2016/09/23  清藤 道